鬼面山谷五郎という男



こんにちは、chantaです。

今回は鬼面山谷五郎さんについての記事です。こんなにもインパクトのある名前なのに、私は3日ほど前に知ったばかり。この名前を裏切らないような強い人物です。彼は、岐阜出身者として唯一の横綱でした。それでは、この横綱について紹介していきます。

鬼面山谷五郎

※写真右側の力士が鬼面山谷五郎。

生い立ち

鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)というのは四股名です。本名は田中新一。今から約200年前の1826年に、美濃国で農家の子として生まれました。現在の岐阜県養老町鷲巣になります。幼い頃に、薯汁と米2升をたいらげてしまったという話が残っているくらいの大食いだったそう。ちなみに1升は10合ですから、20合も食べちゃったんですね。20合も炊ける釜。どんだけでかい釜でご飯炊いたんだよ!!って思った方。私も思いましたよ。

そんなわけで、これだけたくさん食べれば体もでかくなります。身長186cm、体重140kgにまで成長します。彼はその体格を活かし、石を運ぶ仕事を選びました。いわゆる奉行に出るんです。そこで力士としての素質を認められ、角界へ進んでいくことになります。

相撲

彼は、古武士を思わせるような人物であったそうです。女性を寄せ付けず、酒も飲まない。そのため相撲の取り口は、「敗戦が怖くて仕掛けないのは常道ではない」というのが信条でした。見ている方も楽しい取り組みだったことでしょう。攻めて、攻めて、勝ち抜き横綱になったんですね。

入門

初めは京都力士となりましたが、やはり主流は江戸相撲。25歳の時に、今は無き武隈部屋(たけくまべや)へ入門します。

初土俵~入幕

入門から約1年で初土俵に上がります。その時の四股名は濱碇。それから4年後の1857年1月場所で、初入幕を果たします。そこで生まれた四股名が鬼面山谷五郎。

横綱

横綱へ昇進したのは、なんと43歳の時。横綱昇進として最高齢であり、現在もこの記録は破られていません。完全にこの先破られることはないでしょうね。以前、37歳で幕内優勝をはたした旭天鵬を見て、ものすごい感動を覚えました。そこから6年経過しての横綱。よっぽど頑丈な体と心を持っていたんでしょうね。まさに古武士!そんな気持ちと身体を育てたのは、岐阜県の地だということをお忘れなく。

鬼面山谷五郎は第13代横綱です。現在では71代横綱(鶴竜)まで誕生しています。その中で、岐阜県出身者は、鬼面山ただ1人でした。ちょっと気になったので、番外編として最後の章で、歴代横綱の出身県を統計しました。よければ参考にしてください。何の参考になるか?例えば結婚相手を探すときに、この県出身者は強いぞというような感じで。

引退そして死去

43歳で横綱になったせいか、鬼面山の相撲人生は、そこから長く持ちませんでした。約1年9か月。1870年1月場所で引退します。その引退から1年も経たずして、鬼面山谷五郎は亡くなってしまいました。本当に全身全霊で土俵に立ち続けたんでしょう。すごい人生です。

生涯成績

143勝24敗16分8預63休。連勝記録は23連勝。勝率はなんと、8割5分6厘。ほとんど勝ってます。

鬼面山谷五郎

 

【番外編】歴代横綱の出身県統計

  • 1位 北海道(8人)
  • 2位 青森(6人)
  • 3位 宮城、千葉、モンゴル(4人)
  • 6位 栃木、茨城、鹿児島、東京(3人)
  • 10位 石川、熊本、福岡、富山、兵庫、愛知、三重、ハワイ(2人)
  • 18位 滋賀、島根、岐阜、大阪、岩手、岡山、高知、神奈川、大分、新潟、広島、秋田、愛媛、山形、長崎、島根(1人)

北海道と青森めちゃくちゃ強いですよね。ハワイとモンゴルは、県ではないけど強い。ちなみに、現役で横綱に一番近いであろう稀勢の里は茨城出身。私が若手で一番強いと思っている正代は熊本出身。

横綱を輩出していない都道府県が16あります。

  • 福島
  • 群馬
  • 埼玉
  • 福井
  • 山梨
  • 長野
  • 静岡
  • 京都
  • 奈良
  • 和歌山
  • 山口
  • 徳島
  • 香川
  • 佐賀
  • 宮崎
  • 沖縄

最後になりますが、私は相撲観戦が大好きです。その中で、やっぱり岐阜県出身者を応援したいのですが、現在幕内力士は0人。岐阜県出身の幕内力士がいません。いま岐阜県出身者で最上位は、西幕下五十四枚目の栃清龍(とちせいりゅう)。青い龍ではなく、清らかな龍なんですよ。清流長良川を持つ岐阜出身者らしい四股名の力士。早く幕内に来てください!応援してます!